占星術の歴史

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占星術の歴史

夜空を見上げたとき、私たちはただ星を眺めているだけではありません。
はるか昔から、人は星々の輝きに意味を見いだし、自分たちの暮らしや運命と結びつけてきました。
その歩みは「占星術」という形で受け継がれてきたのです。


バビロニアとカルデア人 ― 占星術の源流

占星術の起源は、紀元前3000年頃のメソポタミア文明にあります。
特にバビロニア帝国で天文観測に従事していたカルデア人は、夜空を細かく観察し、星々の動きを記録しました。

彼らは「星の配置が地上の出来事を左右する」と信じ、王の誕生や国家の未来を占いました。
惑星の動きを暦に組み込み、農業や宗教儀式のタイミングを決める指針にもしていたのです。

カルデア人による星の知識は、やがて「ホロスコープ占星術」へと発展する大きな基盤となりました。


エジプトの星と暮らし

同じ頃、エジプトでも星々は重要な役割を担っていました。
シリウスが夜空に姿を現すとナイル川の氾濫が近いことを知らせる――これは人々の生活を支える自然のサインでした。
バビロニアの天文知識とエジプトの暦文化が融合し、のちの西洋占星術へとつながっていきます。


ギリシャ哲学との出会い

占星術はやがてギリシャに伝わり、哲学や数学と結びつきました。
紀元前4世紀頃、プラトンやアリストテレスが「宇宙と人間の関係」を探求し、星を学問的に理解しようとしたのです。
この時代に「黄道十二宮(12星座)」の考え方が整えられ、占星術は現在の形に近づいていきました。


イスラム世界からヨーロッパへ

中世に入ると、イスラム世界の学者たちがバビロニアやギリシャの占星術を受け継ぎ、さらに発展させます。
天文学と占星術を区別しつつも、緻密な観測と膨大な記録を残しました。
その知識はラテン語に翻訳され、ヨーロッパに広がっていきます。


ルネサンス期の占星術

ルネサンスの時代、ヨーロッパでは再び占星術が脚光を浴びました。
王侯貴族だけでなく、医師や芸術家までもが星の導きを求めたのです。
ニュートンやケプラーといった大科学者も、若い頃は占星術を研究していました。

占星術とハーブ ― ニコラス・カルペパーの活躍

ルネサンス期を経て、17世紀イギリスに登場したのが、医師であり占星術師でもあったニコラス・カルペパー(Nicholas Culpeper, 1616-1654)です。

カルペパーは、西洋ハーブ療法の祖とも呼ばれる人物で、当時の人々が手に取りやすいように薬草の効能をまとめた『カルペパーのハーブ大全』を著しました。

彼のユニークな点は、ハーブを惑星や星座と結びつけて分類したことです。
たとえば――

  • 火星に対応する植物は、血液や炎症に作用するとされるもの

  • 金星に対応する植物は、愛や調和、美に関連するもの

  • 月に属するハーブは、女性性や水分代謝に関わるもの

このように、天体の象徴的な力とハーブの薬効を重ね合わせて解釈したのです。

カルペパーのアプローチは、当時の人々にとって「宇宙と自然、身体がひとつにつながっている」という感覚をわかりやすく示すものでした。

 


現代の占星術

科学の発展とともに、占星術は17世紀以降しだいに学問の世界から距離を置かれるようになりました。
けれども20世紀に入ると、心理学やスピリチュアルな探求と結びつきながら、新しい形でよみがえります。

特に大きな影響を与えたのが、心理学者カール・ユングの思想です。
ユングは「星の動きと人間の内面にはシンクロニシティ(意味ある偶然の一致)がある」と考え、占星術を「心の地図」として捉えました。

そして近年は、ホロスコープを使った心理占星術や、ハーブやアロマと組み合わせた占星術など、再び自然療法や自己探求の分野と結びつきながら発展しています。

現代の私たちも夜空を見上げ、太古の人々と同じように「星に映し出された自分自身」を探しているのかもしれません。