私の小学生時代の「場面緘黙」(ばめんかんもく)

シュタイナー教育・子育て

子育ては色々な事が起こります。

子供は親とは別人格ですので、子供の考えていることを100%理解することはできません。

子育て中の親御さんに、またご自身で悩んでいる方に、こんな例もあるんだよという事をお伝えできればと思います。

私が小学生時代とても周りに気を使って場の空気を読んでいたため、場面緘黙になっていた時期がありました。場面緘黙とは、ある一定の場所で一言も言葉が発せないという症状です。

私は末っ子で、大人しい性格でした。引っ込み思案で、家にお客様が来て挨拶するのもとても勇気のいる事でした。

「ご近所で誰かの家の前を通った時、外にお家の人がいたら挨拶するのよ」といつも言われていたものの、恥ずかしくてお話することができません。そして次にそこの家を通った時、この間挨拶できなかったから気まずくて、また挨拶できない・・・という無限の悪循環が続いていました。

そんなことが日常的に続いていたので、いつも「大人しいねえ」と大人の人から言われることが多かったです。

そして小学校に入り、登校班での登校が始まります。初めは同級生が3,4人いたので楽しく行っていたようですが、そこでも「○○ちゃんは大人しいね」という事を何度も言われたことから、登校班での自分の振る舞いや言動をどうすればいいか分からなくなり、私は一言も登校班で言葉を発せなくなりました。

学校に着くと、クラスでは別の仲の良いお友達がいるので、楽しく過ごします。家でも普通です。でも登校班だけは言葉が出なかったのです。

この状態は小学校を卒業する6年間続きました。一番申し訳なかったのが、同級の登校班の女の子。私がなぜ登校班でだけ喋らないのか分からないまま、ほとんど班長を務めてくれました。

時々その同級生の母親から私の母親に、登校班の時に私がおしゃべりしないという話は聞いていいたようですが、それほど問題とも思わず、親からこれといったアクションや先生への相談などもなかったため、「私が登校班で喋らない」という事以外はごく普通に小学校生活が過ぎていきました。

6年生の卒業式の日は、とても晴れやかな気持ちでした。もう登校班という喋らない状態を続ける所にはいなくていいんだ、と嬉しく思いました。

その後は中学生、高校生でも「大人しい」というイメージはずっとついて回りましたが、場面緘黙という状態にはなりませんでした。

今思うと、私は相手がどう感じているのか、という事をとても気にしすぎていたのかなと思います。

例えば、幼稚園から小学校低学年の頃、悲しいことがあって涙を流して泣きます。そうすると、泣き止むきっかけが分からなかったのです。泣き始めて5分くらいたって泣き止もうと思ったとき、私は「家族が『もう泣き止んだ、たいして悲しくもなかったんだ』と思われたら嫌だな」などと考えてしまい、泣き止む事ができませんでした。

今考えるとなんて無駄なことを考えていたのだろうと思います。でも常に先の事、周りの考えが気になって、こんなことを繰り返していたのです。

おそらく登校班での場面緘黙も、周りの班のメンバーが、私がしゃべるとどう思うのか、という事が気になり過ぎて、しゃべれなくなってしまったのではないかと思います。

ではこの状態はどうすれば避けられたのか?

6つ年上の姉が私が小学校入学と同時に中学に行ってしまったため、助けてくれる存在も居なく、ベビーブームで子供の人数が多く、子供の変化や問題にそこまで気を回せる教師もいなかったと思うと、しょうがなかったのかなというのが今となっての答えです。

当時この「場面緘黙」という症状名はもちろん知るすべもありませんでした。なぜ自分がこんな状態を続けているのか、自分でもとてもつらかったです。毎朝神様に(特定の宗教における神様ではなく漠然とした神様です…)「どうか今日も登校班での時間が無事終わりますように」とトイレ(!)と登校班の集合場所へ行く道で祈ってから登校する、という謎の日課がありました。

この場面緘黙という言葉を知ったのは、結婚して子供が生まれ、子供と図書館に行って本を選んでいた時に何気なく気になった諸富祥彦先生の本で諸富先生自信が場面緘黙だった、という記述を見つけた事によります。高校か大学生くらいの時に、ある一定の場面で言葉が一言も話せなくなった、それは身体的な病気ではなく精神的なもので、病名は場面緘黙症である・・・というような内容でした。

それを読んで私は自分の小学生時代の状態が、場面緘黙症という社会不安が原因の名前のある精神障害のひとつであったという事を知り、少し気持ちが楽になりました。さらにこの障害は幼児期の女の子に起こりやすいとのことで、これには妙に納得しました。

中学、高校に進学するにつれて、私のこの「周りを気にしすぎて何もできない大人しい状態」はもしかしてとても損なのではないだろうか??と気づくようになります。周りのお友達を見て、普通はこんなこと考えないで楽しくお友達や先生、その他自分の周りの人たちと気軽に接しているのです。

挨拶も「私が挨拶したら相手はどう思うだろう、恥ずかしい」という思いなんてどうでもよくて、人に会ったら挨拶する、これで人間関係はスムーズにいくのだ、という事にだんだん気づいていくのです。気づくの遅いですよね・・・。できれば早い段階で親にそう教えてもらいたかった。

たぶん場面緘黙になる人の一部には、私のような思い込みで、自分の殻のなかに入り込んで出られないでもがいている人がいるのではないかなと思います。

もちろん場面緘黙にも様々な原因があって、症状も違うと思うので何とも言えませんが、これを読んで何かが変わるきっかけになればとも思います。

私は小学校6年間が終わって無事この症状から解放され、その後は再発することはありませんでしたが、長く続いて苦しんでいる方も多いという話をよく耳にします。私のように登校班での数十分という場なのでそこまで深刻な問題にならなかったかもしれませんが、学校生活でこの状態ですととても辛いのではないかと思います。よい改善方法が見つかるといいなあと強く願います。